お便り

大阪府:此花の平屋 取材時の声

大阪ガスの住まうという雑誌に此花の平屋が取材されました。

大阪市内で平屋を建てるという選択

 古くから住宅地として開けた大阪市此花区の一画に、2019年5月、Tさまのご自宅である『此花の平屋』が竣工しました。設計した藤原・室 建築設計事務所の室喜夫さんも「市内では最近、2階か3階建てがほとんどなので、平屋を選ばれるのは珍しいですね」といいます。しかもこのT邸は約75坪ある敷地のうち、延床面積を3分の1の25坪に抑えたユニークなつくりになっています。そこには理想の住まいとお子さまたちが独立した後の暮らしまでを見据えた、Tさまご夫婦の家づくりの考え方が反映されています。
 以前はマンションにお住まいだったTさまは、家探しの手始めに、さまざまなメーカーの建売住宅を見学されました。しかし「どれもいい家なのに、イマイチ決め手に欠けました。一部だけを手直ししたいと思っても、パッケージごと変更する選択肢しかありませんでしたし…」と、ピンと来ない状態が続いていました。そこで仕事先の社長から紹介してもらったのが、藤原・室 建築設計事務所です。最初は設計から依頼するという初めての経験にとまどいもありましたが、藤原さんと室さんの話を聞いているうちに、気持ちはほぼ即決状態に。それまで感じていた家づくりへの疑問も消え、自分が建てたい家のイメージを伝えて一から新居を建てることになりました。
 設計はたまたま建設地の近くにお住まいだった室さんがメインとなって担当されました。「平屋を建てたい」というTさまの思いは、常々平屋は空間の自由度が高いと考えていた室さんにとってはウェルカムなご要望でしたが、Tさまにとっては初めて建てる家になるので、提案時には平屋だけではなく二階建ての案も見せて、比較検討してもらいました。施主の要望とは別の選択肢まで用意するこの提案方法は、「施主さまに納得してもらい、これから建てる家のイメージを固めていくために、我々藤原・室 建築設計事務所ではよく採用している方法です」という室さん。またTさまは敷地の一部を、将来駐車場として貸し出せるようにしたいと考えておられたので、建物の前に車3台分のスペースを確保しました。こうして大阪市内では珍しい、建物の前面に広い敷地を残した平屋の家が誕生することになりました。


「塀」で隔てるのか、「壁」で仕切るのか

 T邸を印象づけているのが、敷地内で大きな弧を描くふたつのコンクリート塀です。この円は、建物の外では前面道路からの視線をさえぎる塀の役割を担っていますが、円弧の先が建物の中にも延び、室内のスペースを仕切る壁にもなっています。駐車場を囲む円は前面の道路に向けて外に開いていますが、逆にもうひとつの円は建物を覆うようにして、外に向かって丸いふくらみを見せています。
 円を二つ組み合わせる案は、駐車スペースの要望を受けた室さんが、事務所内でスタッフ達と相談して出てきたアイデアです。もともと街並みにも魅力的に映えるような塀にして、街と住まいとの境界を柔らかい線で区切りたいという設計の思いと、日頃から『日々の景色が変わるような面白い空間づくり、楽しげな建築』をテーマに掲げる藤原・室 建築設計事務所ならではのユニークな発想が、今回カタチになりました。
 提案された図面を見たご夫婦は、そろってデザイン性の高さに大満足。このようにして、二つの円で建物の内と外を仕切り、敷地の奥に平屋を建てることでT邸の設計が進んでいきました。
 室さんが「丸いコンクリート壁は見た目にとてもシンプルですが、この形をきれいに取り込むのがいちばん難しかったです」という通り、ゆるやかなRをそのまま屋内に生かすため、設計では何度も検証を繰り返しました。例えば、二つの円が最も近づいている場所では80 ㎝の幅をとりましたが、確認のため、型枠を建ててTさまにその隔を体感してもらいました。玄関への誘導路の角度や、室内でLDKと廊下を隔てる壁の位置なども、庭先の円の角度と連動させて細かく調整しました。
 外に開いた駐車スペースに対し、内に開いたサークルの内部はテラスになっています。テラスと室内との間は全面ガラス張りの大開口部になっているので、リビングにいながらテラスの広がりを感じ、屋外にいるような開放感を楽しむことができます。テラスは普段、お子さまの遊び場や洗濯の物干し場として使われていますが、コロナ禍でテレワークになった時期には、Tさまが本をもちだして気分転換をはかる憩いの場にもなりました。
 コンクリート打ち放しの壁には、ライトがセットされています。「昼間もいいですが、仕事から帰ってきたときの、ライトアップされた夜の雰囲気はまた格別です」と笑顔で話すTさま。「友だちからは、〝プチ美術館みたい〞といわれます」という奥さまも、「入居して一年以上経ちますが、今でもこの塀のフォルムが気に入っています。まさに我が家のシンボルウォールです」と、心地よくデザインされた空間で暮らす楽しさを実感されています

大阪此花の平屋4自由度の高い平屋の利点を生かして

 「子どもたちが出ていった後は夫婦二人で暮らすことになるので、最初から大きな家にしようとは考えませんでした。今くらいのサイズがちょうど身の丈に合っている感じがします」というTさま。室さんも「コンセプトがしっかりしていたので、部屋割りなどは比較的早く決まりました」といいます。たくさんの狭小住宅を手掛けてきたノウハウや、部屋割りなどの設計がしやすい平屋のメリットを生かして、室内は家族が集うLDKを中心にしたレイアウトになりました。
 アイランド式キッチンを望まれた奥さまには、ダイニングテーブルと一体化したキッチンを作り付け、前後に通り抜けできるスペースを設けました。料理中に必要な品物がすぐに取り出せるよう、収納棚はキッチン周りに効率よく配置されています。
 Tさまが望まれた縁側は、テラスがある室外には作りにくいため、室内の広縁として実現しました。リビング幅いっぱいの長さがある広縁は、ちょうど腰掛けやすい高さで、家族の憩いや友だちなどとの会食にも大活躍。新居移転を機に飼うようになった猫たちも、この上で歩いたり丸まったりしています。「家にいるときはほとんどこのリビング空間にいますね。ペットもいるので、子どもたちも自然とここに集まってきます」というTさま。家の中心にあるLDKは、どの部屋に行くにも必ず通るようレイアウトされているので、この空間で過ごすのが、Tさまご家族にとって一番自然なことなのかもしれません。
 テラスとの境に設けた大型のガラス窓も、LDKの開放感を演出しています。視界を遮るものが何もないので、室内からテラスで遊ぶお子さまを見守ることができます。ガラスは固定式ですが、1枚だけ引戸にして出入りができるようになっています。
 室内は寝室や子ども部屋などの個室も含め、すべて白い壁と無垢の木材で統一されています。部屋の配置にも平屋ならではの導線の良さを感じますが、各部屋へと続く木の温もりも、横につながる平屋のイメージとよく合っています。暮らしやすさとデザインにこだわったご夫婦の思いが、この『此花の平屋』に結実したようです。